新たな地域の管理運営モデルとして近年注目されている「エリアマネジメント」ですが、日本にはそもそも古くから地域運営のための様々な仕組みがあり、例えば自治会や隣組がそれにあたります。これらは相互扶助の精神により非営利を前提として成り立っている仕組みですが、昔にも営利ビジネスでありながら地域共生の思想を尊重するという、今でいうエリアマネジメント的な概念で活動する人たちがいました、それは「近江商人」です。
近江商人とは中世から近代にあたる滋賀県出身の商人のことです。伊藤忠商事や高島屋など多くの優良企業を生み出したことで有名ですが、「三方良し ‘売り手手良し’‘買い手良し’‘世間良し’」という近江商人の理念は、売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が満足し更には商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献しなければならないと説いています。現代のビジネスシーンにも当てはまる行動規範を立て活躍をしていた近江商人のふるさと、滋賀県近江地域が近年話題になっているのでその様子を伺ってきました。
近江の自然を感じられるテーマパーク
大きな観光資源として日本最大の湖である琵琶湖や、ゆるキャラで話題になったヒコニャンの彦根城などがある近江エリアですが、今話題を集めているスポットは「ラ コリーナ近江八幡」です。
ラ コリーナ近江八幡は2015年のオープン以来年間200万人以上を集客しているそうですが、この人気スポットを仕掛けたのは和菓子店のたねやや洋菓子店のクラブハリエを展開する老舗企業のたねやグループです。全国にも多く店舗展開する老舗企業が、地元近江でフラッグシップ店としてラ コリーナ近江八幡をオープンさせたのです。
ジブリアニメの世界を彷彿させる風景
ラ コリーナ近江八幡の建物と空間デザインは、建築家で建築史家の藤森照信氏によるもので、ジブリアニメの世界の様な懐かしくて愛嬌のある場になっています。例えば内の真っ白な漆喰天井にある、まっくろくろすけを想像させる炭のグラデーション模様。これが何ともきも可愛いく、多くの注目を浴びていました。
建物の裏側にある広大な箱庭には、誰もが懐かしいと感じる里山風景がつくられており、琵琶湖湖畔に抜ける風や自然を気持ちよく感じられます。また、ポートランドに着想を得たというガレージ風のテラスやショップもあり、飽きさせない工夫が施されていました。
このように、ここには滞在しているだけで思わず写真を撮りたくなる様な仕掛けもたくさんつくられていました。訪れた人によるSNSからの拡散により、気軽に近江の魅力を感じることにつながっていると感じました。また、便利な都心ではなく、敢えてこの近江エリアに本社を構えていることは、たねやだからこそ発信できるメッセージやストーリーをよりわかりやすく伝え、結果として社員の愛着へもつながっているのではないでしょうか。「三方良し」の理念に基づいて、地元地域へ恩返しをしている様にも感じられました。施設マップを見るとこの田んぼの向こうにこれから新しい何かがつくられる予定地も記載されています。近江の新しい魅力を伝え続ける場所は、常に進化を続ける場所のようです。
古いものと新しいものが組み込まれた魅力
1990年代後半に地方政策としてまちづくり三法が制定され、日本各地で350以上の地区が活性化計画の認定を受けTMO(タウンマネジメントオーガナイゼーション)が設立されました。計画倒れに終わる団体も多かったなかで成果を出し、30年以上経った今でも地域活性に貢献している組織・企業があります。そのひとつが、同じく滋賀県長浜市にあり年間300万人の観光客が訪れている「黒壁スクエア」です。
この黒壁スクエアは第三セクターの会社が運営しており、北国街道沿いに続く地域独特の黒漆喰壁の伝統建物を保存しつつ、その周辺の建物を美術館、ガラス工房、カフェなどとして活用しながら、観光エリアとしてマネジメントしています。 このエリア内にはガラス工芸ショップやカフェなどと軒を連ねて、多くの人に知られる「海洋堂フィギュアミュージアム黒壁」があります。一見、違和感を感じる並びのように感じますが、古い街並みを目当てにやってくる世代とは異なる客層や世代を引き寄せるコンテンツとしてまちの魅力を生み出していました。また、増え続ける宿泊需要を取り込むことを狙って、古い建物をリノベーションをした民泊施設やドミトリーなども街中に見られました。
30年以上もの長い間にぎわいの成果を出し続けているこの地域は、常に新しいコンテンツを大胆に取り入れることによって、にぎわいを持続することができるということを教えてくれているかのように感じました。
エリアマネジメントの主体は誰が担うのか
今回は日本における地域共生モデルのルーツ、近江商人発祥の地となる滋賀県近江エリアを巡り、近年話題となっているスポットを2つご紹介しました。古来より「三方良し」の理念が定着する地域だけに、地域と共ににぎわいを目指すエリアマネジメント的な要素を見ることができました。 また、地域の管理運営を行うエリアマネジメントというと主体は、行政や大手不動産会社が頭にまず浮かびがちですが、今回のエリアでは和菓子の老舗企業や商店街など、業態や規模の異なる主体によって地域のにぎわいが創出されていました。 これら2つの事例が成功している理由は、その地域が持つ魅力や個性を引き伸ばして分かりやすく表現することと、常に新しいものを取り入れて魅力を廃れさせないたゆまぬ努力があるからでしょう。