今回取材させていただいたアベケイスケさんは、東京・池上に動画スタジオとシェア型本屋の入ったギャラリーイベントスペースを拠点に持ちながら、池上エリアで面白いことを形にする仕事をしています。例えば、まちの人や地域で活動されている方をゲストに鼎談する、ゲストの人生や活動を可視化するYouTube番組を動画配信するなど、多方面に活躍されています。今回の取材では、そんなアベさんが現在に至るまでのきっかけや、まちで活動するためのヒントをお伺いしていきました。
▼アベケイスケさんが池上エリアで行っている主な活動:
・池上放談、ノミガワスタジオ、温 THE TOWN
まちでの”ホカホカ原体験”が今の活動に
今から約10年前の30代後半、雑誌のデザイナーをしていたアベさんは、働きすぎた時間の使い方を見直すために、今までの30~40%の割合で働ける仕事を見つけようと考えた結果、まちに関わる仕事を選択しました。その理由は幼少期の”ホカホカする原体験”にまで遡ります。
元々アベさんは愛知県生まれの三重県育ち。ただ、本家が大分県の別府にあったことから、幼少期からそちらに帰省されていたとのこと。そこで感じたのが、別府のような観光地では、外から来た人に対する寛容さや温かみがあるということでした。帰省した時は銭湯に行って、幼稚園児の頭を洗ったり、はたまたタオルをお湯に入れておじさんに怒られたりと、余所者ではなく同じまちにいる一員として感じることができたそうです。
こうした、まちの人に良くしてもらった経験を今でも覚えているそうで、ご自身の原体験としてとても大事にされています。
「自分の中にはないものはやっていない。根拠がなければできない。体験が伴っていないことは教えられないし、表現できない」
と原体験があるからこそ、今の取り組みに紐付いていると語るアベさん。
おばあちゃん子で昔から女性の多い家庭環境で育ったアベさんは、幼馴染のお母さんたちが自宅に日常的に遊びに来ていたことや、またその井戸端会議に参加するなどしていた体験から、その感覚を引き継ぎ、ノミガワスタジオ(大田区池上)では確信をもって今の子どもたちと接しています。
今年2021年から銭湯の混浴可能年齢を6歳以下に引き下げるニュースが発表された背景から、「母子家庭の男の子はどうするんだ?」という記事を見てアベさんはこう考えたそうです。
「近所の知り合いのおじさんにお風呂に連れて行ってもらうなどできないかな。池上は銭湯いっぱいあるし。そういう取り組みを経て、池上では春になると新入学児童がお風呂に連れて行ってもらって入り方を教えてもらうことができるまちみたいになっても面白いかもね」
など、日々種まきをしている感覚をもって地域の子どもたちと接し、まちと人との関わりをつくろうとしています。
池上エリアリノベーションプロジェクトとは
さて、話は変わってアベさんが拠点を構える「堤方4306(動画配信スタジオ)」や「ノミガワスタジオ(ギャラリー+イベントスペース)」がある東京都大田区の池上では、まちづくり手法のひとつとして、地域資源を生かしたまちづくり「池上エリアリノベーションプロジェクト(以下:池上AR)」という取り組みが2019年から行われています。
アベさんの活動もこの池上ARがキッカケの一つになっています。
そもそもは全国各地で実施されているリノベーションスクールというイベントを東急株式会社の有志社員たちで大田区池上にて2017年に開催。これをきっかけに東急株式会社と大田区が公民連携基本協定を結び、そのモデル地区の取り組みとして、始まったのが池上ARとなっています。
この池上ARでは、人・歴史・場所・文化といった、まちづくりに資するありとあらゆるものを、”地域資源”と捉えて、デザインと掛け合わせたり、空き家をマッチングするなど、再発掘と再接続を行いながらまちの価値を高めています。
2020年6月、堤方4306の移転を機にランドスケープデザイン事務所スタジオテラ(大田区池上)と一緒に協業(ノミガワスタジオ)をスタートさせます。その後に交流のあった池上AR側からシェア型本屋「Book Mansion(吉祥寺)」の仕組みのお話をいただきます。こうした取り組みの中でマッチングされた事例が、本棚シェア型本屋の「ブックスタジオ」です。池上に本屋がないことも後押しになりアベさんたちが運営する「ノミガワスタジオ」のコンテンツのひとつとなりました。
アベさん以外にも、探究学習塾を軸としたシェアスペース(たくらみ荘)や、夫婦で営む多目的スタジオ「つながるwacca」)など、様々な拠点が生まれています。
池上エリアリノベーションプロジェクトWEBページのビジュアル
グランドレベルとまちの接点、リノベーションスクールから紡がれた池上とのご縁
記事冒頭でご紹介したように、今でこそ多方面で活躍をされているアベさんですが、現在に至るまで一筋縄ではいかなかったようです。ここまでにたどり着くのに、きっかけが三つ。
一つは路面に場所を構えることの重要さと身をもって知ったこと、二つ目はリノベーションスクール@東急池上線に参加したこと、三つ目は動画配信という仕組みに出会えたこと。
その当時のことを振り返ると、
「地域に場所を構えず単発での活動では日常の景色にはなりえない。路面に場所が必要、借りなければ」と感じたのが2014年ごろから。その後に読んだグランドレベル田中元子さんの書籍『マイパブリックとグランドレベル』からも自身の感覚に確信が持てました。さらには、リノベーションスクール@東急池上線に参加したことで、エリアの人たちと知り合うことができ現在にも繋がる交流を進めます。いろいろなコトが重なり、機運は高まりつつも「借りたその場所で何の事業を立ち上げるのか?(場を構え継続することのできるサービスとは…)」という課題が残っていました。そこで最後に見つけた1つが動画配信の仕組みでした。「自分の言葉を動画で発信したい人たちは一定数いるのではないだろうか?」と考えたわけです。ここから撮影技術を提供し動画配信する、「インタビュー型動画配信スタジオ」の立ち上げが始まります。
人は本から知識を得て学ぶと同様に、人の言葉からも学ぶ機会が多いもの。その「人と対話し学ぶ時間を動画に残すこと」で、その場にいない人にも追体験ができるという動画コンテンツの魅力に気づき「これだ!」と思ったそうです。
まちのプレイヤーだからこそ見えてくる景色
やりたいことと可能性が一致してからは、2か月ほどで物件が見つかり、2018年2月末に内見し、リノベーションスクール@東急池上線からちょうど1年後くらいにデザインの仕事場兼、動画配信スタジオを始めました。
手ごたえはたわいもない、小さいことの連続でしたが、幼い頃からそんなことに救われてきたし、地域や大人の目に見守られながらまちの大人たちに育ててもらった感覚や原体験がある。そうやってまちと人との接点をつくっていきました。
リノベーションスクール@東急池上線の一番の功績は、プレイヤー同士の接点づくりの場になったことだそうです。インターネットで検索しても、まちの賑わいや居心地に興味がある異業種の人が近所にいるかなんて出てきません。
「リノベーションスクールがあったからこそ地域の繋がりができた。一人でずっとやってきていたことが、スクールが空気を作ってくれたことで、色々な人が集まり繋がりができてきた。スクールを運営していた東急の担当者も、他のプレイヤーも当事者として、ネクタイ脱いで遊ぼうよ、という感じ。やっている側が楽しくなければ、プレイヤーじゃなければ見えるものも見えなくなってしまうのですよね」
とアベさんは語ります。
まちづくりは多様で雑多だから面白い!ネクタイも革靴も脱いで、自身の体験と普遍性を踏まえて考えて欲しい。
最後にアベさんからは今行われているまちづくりの傾向について、こう語ります。
資本主義的なコピー&ペーストで、安易に即効性を求めるのは違うと考えています。ワークショップをやったとしても予測された着地や望む結果が出るわけでもない。何がどう影響してそこで育ってゆくのか…というのはとても時間のかかること。計画を立てるということは、あくまで「こんな空間になればいいな…」というイメージを傍に置きながら、場の設えとして建て付けをする。
スタートした段階では状況に応じて臨機応変に場の在りよう自体が変容していく場合もあるので、すぐに答えを求めない方がいい。それはあくまで”そうなれる可能性がある”ということ。場が立ち上がった後、その場を編集するチーム(協力者共々)みんなで、エリアに向き合いながらなるべく角度を上げようよという話。
ネクタイも革靴も脱いでまちの色々な場に出入りするのはもちろん、学ぶだけでなく、感じることも重要。恐らくだけれど、あまり整理しすぎると「きれいだけど何?」っていうつまらない場所になってしまうのではないでしょうか。
続けて、
家の前が変容してカスタマイズされていく様や、きれいに作ってもだんだん変わっていく過程は面白い。まちの景色としてそれを享受していく。コンビニのコーヒーマシンがテプラハックされるみたいな話とか大好きです(笑)
計画どおりに進まないからこそ、まちは多様で、変化する。そういった体験が伴ってこそのまちはできてくるのだと感じることができます。
きっと自分にしっくりくることやライフワークとして取り組みたいことが見つかるのではないでしょうか。