
2025年、日本は「昭和100年」に当たるという歴史的な節目を迎えました。戦後の復興から高度経済成長を経て築き上げられた都市の姿は、私たちの生活を豊かにしてきましたが、同時に、環境問題や少子高齢化、地域コミュニティの希薄化といった新たな課題も顕在化させています。このような現代において、私たちが真に追求すべきは、単なる経済的発展に留まらない「心豊かなくらし」の実現ではないでしょうか。
「心豊かなくらし」とは、個人がウェルビーイングを感じられるだけでなく、地域社会全体が活力を持ち、多様な人々が共生し、持続的に発展していく状態を指します。これを実現するためには、単体の施設建設やインフラ整備に留まらず、まち全体を包括的に捉え、その価値を継続的に高めていくエリアマネジメントの視点が不可欠です。
このインタビューでは、昭和100年という象徴的な年に、100年先の未来を見据えたまちづくりの具体的な方向性に迫ります。特に、2025年3月にまちびらきを迎えたばかりの「TAKANAWA GATEWAY CITY」は、その先進的な取り組みとエリアマネジメントの概念を強く打ち出している点で、未来のまちづくりを考える上で最も注目すべき事例の一つです。
今回は、TAKANAWA GATEWAY CITYが目指す「心豊かなくらし」とは何か、そしてそれを支えるエリアマネジメントの具体的な仕組みや思想について深く掘り下げます。そして、このまちのエリアマネジメントを担う、一般社団法人高輪ゲートウェイエリアマネジメントの小田切咲子さんに、日々の業務への想いや、昨年受講された「エリアマネジメントスクール」での学びが現在の業務にどう活かされているかについて、お話を伺いました。

トライ&エラーで創造する「心豊かなくらし」
――2025年3月にまちびらきを迎えたTAKANAWA GATEWAY CITYが目指す「心豊かなくらし」とは、具体的にどのような状態を指すのでしょうか。日々の業務の中で感じている、このまちならではの「豊かさ」の創出に向けた想いをお聞かせください。
(小田切さん)TAKANAWA GATEWAY CITYが位置する場所は、元々車両基地でした。つまり、住民の方がいないまっさらな土地に、一からまちづくりを行いました。
開発者であるJR東日本は、国鉄時代から現在に至るまで鉄道を中心とした事業を行ってきました。また、鉄道事業のみならず、駅の周りにまちをつくるまちづくりも行ってきました。しかし、このTAKANAWA GATEWAY CITYは人々のくらしがない場所に駅とまちを全く新しく作ったのです。このようなまちが目指す「心豊かなくらし」とは、地域の住民の方々はもちろんのこと、日本全国、さらには世界の方まで、多様な人々にとってその人たちそれぞれの豊かなくらしが送れるようなまちを目指すことだと思います。
もちろん、すべての方にとってというのは難しいかもしれません。鉄道事業では、お客さまの声を集めてサービスに反映していくことを常に心がけています。このまちでも同じように、多様な技術の実証実験を行い、トライ&エラーを繰り返していくことで、すべての人にとっての「心豊かなくらし」を創造していきたいと考えています。
――まさに「開発者の意図でいかようにもできる」という、他に類を見ない環境だからこその挑戦ですね。その「心豊かなくらし」を実現するために、TAKANAWA GATEWAY CITYではどのような先進的な取り組みや仕掛けを導入されているのでしょうか?
(小田切さん)私がこのまちで先進的だと考えている取り組みは、まちびらき前から様々な活動を行っていた点です。例えば、2022年から行っている「高輪地区まつり」は、開催当初から港区と共催で高輪ゲートウェイ駅周辺の道路を封鎖して実施しました。まだ工事中の場所で道路封鎖を行うのは、警察との協議も必要で、大変珍しいケースです。
また、一般社団法人高輪ゲートウェイエリアマネジメントが都市再生推進法人の指定を受けたのが2023年7月なのですが、まちができる前から認定されるというのは、これも非常に珍しいことなんです。まちができる前から地域の方々に受け入れてもらえるよう、様々な取り組みを行ってきた点が、JR東日本らしいまちづくりだと感じています。

――まさに「まちびらき前から始まるまちづくり」ですね。2025年という「昭和100年」という節目にまちびらきを迎えることについて、何か特別な意味合いや意識されていることはございますか?
(小田切さん)実は、今まで駅員や電車の乗務員を10年ほど経験してきました。まちづくりの業務は今回が初めてです。以前、横浜駅を通る路線で運転士として働いていましたが、その期間がちょうど日本で新橋―横浜間で鉄道が開業してから150年という節目の年でした。横浜に関わる立場で鉄道開業を記念するイベントを行い、そのアピール業務も担当していたんです。
そんな私が、今度は鉄道の遺構である高輪築堤が見つかったこの土地でまちづくりをしていることに、不思議な縁を感じています。明治時代に鉄道が初めて走り、イノベーションを起こした土地が、昭和100年を迎えたこの年にまた新しい用途として生まれ変わったことに、深い縁を感じざるを得ません。
「長く続ける」「絶対にやめない」地域連携
――歴史的な背景と小田切さんご自身のキャリアが繋がっているのは興味深いですね。次に、一般社団法人高輪ゲートウェイエリアマネジメントにおける小田切さんの役割と、エリアマネジメントの実践についてお伺いします。どのような業務を担当され、どのような役割を担っていらっしゃいますか?
(小田切さん)法人運営に関わる業務と、法人が定める8つの事業のうち、公共空間管理運営事業、地域連携事業、安全安心事業に携わっています。法人の業務には2年前から携わっていますが、エリアマネジメントについては全くの素人でした。特に法人運営の業務については、ただ漠然と行っているわけではなく、法律に基づいて運営されていることが分かり、とても新鮮です。
――その中で、高輪ゲートウェイ駅周辺のエリアマネジメントを進める上で特に重視しているポイントは何でしょうか。具体的な活動内容や目標についても教えていただけますか。
(小田切さん)やはり鉄道会社が手掛けたまちづくりということで、地域の方々との連携が非常に重要だと考えています。
私が行っている「地域連携事業」の中に、高輪ゲートウェイ駅周辺でビールの原料となるホップを育て、人のつながりを作っていく「TAKANAWA HOP WAY」という活動があります。何が参加者のためになるか、どのように連携を図れるかを意識しています。
また、どうしてもビールづくりが注目され、それに重きを置いてしまいがちになるため、本来の目的を見失わないよう、参加メンバーにもさりげなく意識させるようにしています。ただ、強制感があると活動が楽しくなくなってしまい、継続が難しくなってしまうので、まずは「長く続けること」「絶対にやめないこと」を目標にしています。

――「長く続けること」「絶対にやめないこと」という目標は、地域コミュニティを育む上で非常に大切な視点ですね。多様なステークホルダーとの連携も不可欠かと思いますが、どのように構築し、円滑に進めていらっしゃるのでしょうか?
(小田切さん)まずは、名前を覚えていただくことだと思っています。最初はどうしても会社名から「JRの人」と呼ばれてしまいがちなのですが、顔を合わせてコミュニケーションを取っていくうちに「小田切さん」と呼んでいただけることを目指しています。
高輪ゲートウェイ駅北改札を出てすぐのところに「Gateway Studio」という施設があります。そこでは、11人のコミュニケーターと呼ばれる方々に施設の日々の管理をお願いしています。コミュニケーターの皆さんの年代も属性もバラバラですが、採用の段階から関わらせていただいており、実際に施設がオープンしてからは、ただ運営していただくだけでなく、時間があるときは足を運んでコミュニケーションを取るようにしています。
まちびらき以降も実際にまちの中をご案内し、コミュニケーターさんにまちを知って少しずつ好きになってもらうことも行ってきました。施設が開業して3か月ほど経ちましたが、コミュニケーターの皆さんがどのようにしたら施設をよくしていけるか、自ら考え行動していただいているのがとてもよくわかり、運営側としてはとても嬉しく思います。

エリアマネジメントの「スタンダードではない」気づき
――コミュニケーターの方々との密な連携が、施設の運営だけでなく、まちへの愛着にも繋がっているのですね。さて、小田切さんは昨年「エリアマネジメントスクール」を受講されたとのことですが、受講される前と後で、まちづくりやエリアマネジメントに対するご自身の認識や、日々の業務へのアプローチに何か変化はありましたか?
(小田切さん)エリアマネジメントスクールを受講する前は、ただ漠然と「エリアマネジメントの団体とはこういうものなんだ」と業務をこなしていました。しかし、まちびらきにあたって、当法人が「東京のしゃれた街並みづくり推進条例」に基づき、まちづくり団体に登録することになり、そこで初めて条例というものに触れました。そこで、エリアマネジメントの核となるものを学びたいと思い、受講させていただきました。まちびらき前のイベントが多い時期に受講したのは大変でしたが、ものすごく勉強になりました。
――ご自身の業務がより深く理解できるようになったのですね。スクールで得られた知識、スキル、あるいはネットワークは、現在の一般社団法人高輪ゲートウェイエリアマネジメントでの小田切さんの業務にどのように活かされていますか?
(小田切さん)法人運営にとても役立っていると思います。私は、一般社団法人高輪ゲートウェイエリアマネジメントが都市再生推進法人に認定された後に加入したメンバーで、自分の法人が当たり前だと思っていた節がありました。それは私の勉強不足なのですが(笑)、自分が置かれている環境が当然だと思わなくなりました。
エリアマネジメントにも色々な形態があることが一番の学びでした。また、受講メンバーもエリアマネジメントに携わっている方々だったので、業務上の悩みなどを共有することができ、心強い仲間となりました。
――それは素晴らしいですね!エリアマネジメントスクールの受講を検討されている方々に向けて、ぜひメッセージをお願いいたします。
(小田切さん)エリアマネジメントスクールでは、まずまっさらなところから、どのようにエリアマネジメントを行っていくかを実践で考えられるので、普段の業務ではあまり体験することのできないことを一から学ぶことができるのが、最大のメリットだと考えます。
また、まずは自分の足元から、ということで、自分が住んでいる地域について足元から見直し、一つのプランを作り上げていけるところ、住民目線になってまちについて考えられるところが良いと思います。
――貴重なお話をありがとうございました。最後に、100年先の未来を見据えた時、「心豊かなくらし」を実現するまちづくりにおいて、小田切さんは今後最も重要となる要素は何だとお考えですか?
(小田切さん)「心豊かなくらし」と言ってもそれは人によって違うかもしれません。しかし、まちに人がいなければそもそもまちづくりは成り立たないのだと思います。
まちに人がいるために最も大切な要素は、住民なのではないかと私は思っています。そこに暮らす人にとって良いまちにならないと、まちとしては廃れていくと思います。これからも住民参加型のまちづくりを推進していきます。

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