
東京駅の東、京橋エリアに2024年秋「TODA BUILDING」が開業し、アート&カルチャーを大きく取り上げた施設として注目を集めています。同施設は隣接する「ミュージアムタワー京橋」とともに、「京橋彩区」というエリアマネジメント活動にも取り組んでいます。
エリアマネジメントを通して2つのビルがどのように互いの価値を高め、京橋のエリアに貢献しているのか?一般社団法人京橋彩区エリアマネジメントでともに活動に取り組む、永坂産業の野崎さんと戸田建設の小林さんにお話をうかがいました。

「京橋彩区」はなぜ誕生したのか
―― 「京橋彩区」は、どのような経緯で誕生したのでしょうか?
野崎さん
戸田建設さんと永坂産業はそれぞれ業態が違う会社ですが、京橋に長いこと事務所を構えている点で共通しています。計画当初、時を同じくしてそれぞれビルの建て替えの検討をはじめ、両社の経営トップを交えて、街区のあり方の検討会や報告会を行ったのち、2016年3月に一都市計画二事業の形で都市計画決定となりました。2019年4月に2棟のビルで構成する街区全体を「京橋彩区」と名付け、街区内のエリアマネジメント活動を担う組織として一般社団法人京橋彩区エリアマネジメントが設立されました。同年7月にミュージアムタワー京橋が竣工、半年後にアーティゾン美術館がオープンしました。そして2024年9月にTODA BUILDINGが竣工し、11月にグランドオープンといった流れです。
―― エリアマネジメント(エリマネ)に取り組むにあたって、アートを主軸に添えられた理由は何だったのでしょう?
野崎さん
もともとミュージアムタワー京橋の敷地には旧ブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)がありました。それから京橋の地域性を考えても、骨董通りにはいろんな画廊さんがありますし、江戸時代にさかのぼると歌川広重が住んでいたり、商人や町人、もの作りをする職人たちがいたりと、昔から芸術文化が息づいていた場所なんです。
小林さん
都市再生特別地区(特区)という都市計画制度を活用しているのですが、特区制度の利用には社会的な貢献要素が必要です。当街区では「芸術文化の拠点形成」という貢献テーマを掲げ、そして中央区もこのプロジェクトの核として「当時のブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)の再生」と認識していたこともあり、アートを軸にすることが決まりました。
―― 「アートと文化が誰にも近い街」を謳っていますが、具体的にどういった方をターゲットにしていますか?
小林さん
京橋は圧倒的にワーカーさんが多い街ですが、年齢層もやや高めなので、もっと若い人にも来てもらえる街を目指しています。アーティゾン美術館は学生さんの入場料が無料(高校生以上は要ウェブ予約)なので、オープンしてからは若い人がとても増えましたよね。具体的にターゲット層を決めているわけではないですが、幅広い世代の方に来ていただきたいし、子どもたちにもアートに触れる機会を提供できたらと思います。
野崎さん
この辺は買い物客も多いですから、途中にふらっと寄ってもらいたいですね。美術館に行くつもりはなかった方にも、気軽にアートに触れてもらえたらと思っています。
―― 若い人はSNSで情報収集していることも多いですが、発信活動には力を入れているのでしょうか?
小林さん
京橋彩区のインスタグラムもあります。また最近、中央区のコミュニティラジオ局である中央FMでラジオ番組(京橋彩区のアートな広場)を始めました。「京橋彩区」には魅力的な施設がたくさんあるので、月に2回それぞれの施設でアート活動を実践しているギャラリーさんやアーティストの方々に登場していただき、番組を通して活動を詳しく紹介することで、魅力を広めていければと思っています。

地域貢献性と収益性のバランスをとる
―― 芸術・文化活動は、収益に結びつきづらい面もあるかと思います。地域貢献性と収益性とのバランスは、どのように取られているのでしょうか?
野崎さん
アーティゾン美術館は、公益財団法人の石橋財団が運営しており、営利目的の施設ではありません。もちろん運営していくための資金は必要ですが、社会貢献がベースにあります。
小林さん
TODA BUILDINGとしては、社会貢献性を追い求めるだけでは運営が続かないので、賃料収入も得られる形をとっています。1階から6階までのスペースをどのように運用するか考えたときに、ミュージアムやギャラリーといった、芸術文化活動をする企業者にテナントとして入っていただくことにしました。その中で戸田建設が自ら手がけるアート事業としては、ビルの共用部を利用したパブリックアートですが、アート事業単体で利益を上げることは考えておらず、どなたでも自由にアートを楽しめる、ビルの“設え”を兼ねた“アーティストの活動の場”を目的としています。
野崎さん
本当によく考えられた運営だと思います。1階から6階まですべてアート施設にしているビルなんて他にないですから。すごいことですよ。
小林さん
「京橋彩区」のユニークなところは、やはり低層階が芸術文化施設中心で飲食店や小売店などの商業施設ではないということ。集客目的の販促活動をあまり求めていない街区なんです。地域の事業者さんからイベント協賛などのお誘いをいただいた際も、私たちの施設との親和性がなければ、お断りしています。

アートのプロが多い街だからこその連携とこだわり
―― 戸田建設はTODA BUILDINGの開業前からアートイベントを行っていましたね。
小林さん
2019年に、旧TODA BUILDINGの解体前に空室となったスペースを利用して、「TOKYO 2021」というアートイベントを開催しました。実験的な取組みでしたが初めて“アートの力”を実感しました。普段はワーカーが多いこのエリアに、アートを観に若い人やインバウンドの方がたくさん来てくれたんです。きちんとやれば、街に開かれたアートスペースをつくることができるという手応えがありました。
―― 建設中も仮囲いを使った展示を行っていたのが印象的でした。
小林さん
ビルの完成まで数年間あったので、戸田建設としてもアート事業の経験を積みたかったんです。「KYOBASHI ART WALL」は、建設時の仮囲いを利用した新進アーティストの支援プログラムでした。全部で4回公募を行い、開業後ビルに入居するギャラリーやアーティゾン美術館にご協力いただき、私達と一緒に作品を審査してもらったんです。入選した作品は仮囲いに展示し、期間限定で運営していたアートスペース「KYOBASHI ART ROOM」での個展も併せて行いました。
野崎さん
本当にいろんなことをやっていますね。建物ができる前の段階から、地域性も意識した芸術文化を取り入れていて、改めてすごいと思います。
小林さん
お隣のアーティゾン美術館を筆頭に、アートのプロが多いエリアなので、活動のクオリティには気をつけています。歴史あるアーティゾン美術館に対してTODA BUILDINGが担うのは、これから成長し評価されていく現在進行系のアーティスト・クリエイターの表現の場をつくることなので、良いバランスになっていると思います。
野崎さん
11月の「京橋彩区」グランドオープンに合わせて、ミュージアムタワー京橋でも「WORK with ART」と題したプロジェクトを始動しました。ビジネスパーソンの発想を刺激し、創造性を向上させる仕掛けを盛り込んでいます。これも地域に開かれた芸術文化の拠点を作る要素の1つですね。

2つのビルが並ぶことで生まれるシナジーとは
―― アート面での連携や役割分担に加えて、2棟が並んだことによるシナジーを感じたことはありますか?
野崎さん
アーティゾン美術館の1階にカフェがあるんですが、TODA BUILDINGができてから人が増えましたね。あと2棟の間の空間を挟んでそれぞれのカフェがよく見えて、とても素敵なんですよ。最初はビルの谷間で薄暗くなるんじゃないかと不安でしたが、良い出来ですね。
小林さん
想像以上に明るくて良かったですよね。強いビル風がビュンビュン吹く暗いビルの谷間になったらどうしようかと最後まで心配していましたが、問題なくて安心しました。
野崎さん
東京、銀座、日本橋の中心にありながら、2棟あわせて120mも通りに面した、こんなにひろびろとした広場はなかなかないと思います。来ていただいた皆さんにウェルカムで居心地の良い場を提供し、TODA BUILDINGのアート施設やアーティゾン美術館で芸術に触れてもらうことが、私たちの目指すところです。

徐々に広がる近隣エリアとの連携
―― 「京橋彩区」周辺の開発もどんどん進んでいますが、近隣の街区との交流はあるのでしょうか?
野崎さん
戸田建設さんも永坂産業もデベロッパーではないので、実は周辺地域で一番フラットな立場であることを活かして、周辺の事業者さんに「情報交換しませんか」とお声かけしました。初回は京橋エドグランさん、東京スクエアガーデンさん、日本橋高島屋さんと京橋彩区で情報交換会を開催しました。今では東京ミッドタウン八重洲さん、八重洲地下街さん、東京ステーションシティさん、ヤンマーさんも加わってくださり、半年に1回のペースで行っています。少しずつこのエリアの事業者ネットワークができてきたところです。
今どんなことをしているか報告するぐらいですが、どの事業者さんも街を良くしていこうという気持ちは共通してもっていますから、いざというときに協力し連携がしやすいのでは、と思っています。
―― 情報交換会で有意義だったことはありますか?
小林さん
一番大きいのは、それぞれの街区の事業担当者を知ることができることですね。今どんなことを考えていて、いつどんなことをしようとしているのかがわかるのはありがたいです。あとはお互いの顔がわかっていると、有事の際に連携が取りやすいことです。特区制度を利用している施設は、災害時に帰宅困難者支援施設を担うので、防災訓練を一緒にやるなどの共助の関係構築ができればと考えています。
今後「京橋彩区」が目指すこと
―― 「京橋彩区」として、今後どのようなことに取り組んでいかれますか?
小林さん
京橋の魅力を丁寧にお届けすることが、私たちの役目だと思っています。実は見どころがたくさんある街なんですよね。我々もエリマネ法人を立ち上げる際にフィールドワークをして、まずは“京橋とはどんな街なのか”を勉強するところから始めました。骨董通りにはギャラリーや古美術商が100店以上あって、美術館に収蔵するような作品を扱うお店もある、日本有数の美術街なんです。あまり大々的に宣伝していないので、知らない方も多いですけどね。
―― ここ数年、都市開発にアートを取り入れる事例は多いですが、「京橋彩区」は京橋という街が積み上げてきた歴史も意識されていますね。
小林さん
TODA BUILDING 1階の「Gallery & Bakery Tokyo8分」の方が、ラジオで「京橋は温故知新を感じるね」と言っていて、ハッとしました。その方は京橋になじみがあったわけではなかったのですが、仕事で通うようになってからそう感じたそうです。積み重ねてきた歴史がありながら、新しいものも受け入れて楽しむ寛容さがあります。
―― 今日のお話を聞いて、「京橋彩区」はアートへの入り口となり得るなと感じました。
野崎さん
私たちが目指す芸術文化の拠点は、近寄りがたいものではなく「アートと文化が誰にも近い街」です。どうしても芸術というと敷居が高いですが、気軽に芸術文化に触れてもらいたいですね。
小林さん
もともと美術館やギャラリーに行き慣れている方は、抵抗がないと思うんですけど、普段アートに関わる機会がない方にとっては「入場料がかかるのか」「芸術をわかりもしないのに入っていいのか」といった不安がありますからね。
野崎さん
毎年4月に骨董通りで行われる「東京アートアンティーク」というイベントでは、実際に作品に触れられるなど、アートを身近に感じられる工夫がされています。こういった取り組みがもう少し定着してくると、誰でも気楽に入れるようになりますね。「京橋彩区」はコンセプト通り、来ていただく方たちにアートを近くに感じてもらえるよう、取り組んでいきたいと思います。
執筆・撮影(記載ない場合): 山本佐知
編集: エリマネこ編集部