
2013年、神田淡路町エリアの再開発により誕生した複合施設ワテラス。その施設内に、学生マンション、ワテラススチューデントハウスがあるのをご存知でしょうか。入居した学生たちは学業のかたわら、地域交流やボランティア活動などを行い、街の活性化に貢献しています。
今回は、日本大学の修士二年生でワテラススチューデントハウスのリーダーを務める小野寺瑞穂さんに、学生マンションのリアルな活動や、10年以上続く学生と地域の関係について話を伺いました。
(※所属、役割は2024年11月取材時のもの)

入居者による街の活性化を目指した学生マンション
ーーまずはワテラススチューデントハウスがどういったものなのか教えてください。
小野寺さん
もともとは淡路小学校の跡地であるこのエリアの再開発の一環で、ワテラススチューデントハウスが誕生しました。町会の方たちが、“御茶ノ水は学生街なのに学生が住んでない”という課題を抱えていたことから、学生マンションをつくることとなったようです。周辺相場より安く住める代わりに、地域貢献活動を行うことで地域にお返しをする、あまり他にはない仕組みで、入居した学生はエリアマネジメント組織(一般社団法人淡路エリアマネジメント)の学生会員として登録され、ボランティアやお祭り、地域活動などに参加することが条件となっています。


ーー地域貢献活動にはどんなものがありますか?
小野寺さん
特に多いのはボランティア活動ですね。地域のおばあちゃん、おじいちゃんたちと話しながら一緒にゲームをしたり、千代田区が主催するイベント活動に参加したり。あとは学生が主体的に企画、運営をすることもあります。最近では地域の子どもたちを巻き込んだイベントを主催しました。
活動はポイント制で、学生たちは毎年決められたポイントを貯めないといけません。ボランティア活動やイベント企画、イベント運営など、カテゴリーごとにポイントが割り振られているので、みんな大学の単位のように活動スケジュールを組んでいます。
ーー学生たちが企画する場合、エリマネ組織の人や施設の関係者は、どのくらい間に入るのでしょうか?ほとんど学生が主体ですか?
小野寺さん
基本的には学生が発案したアイディアをそのまま実現できます。自分たちで企画提案をして、本番までに数回にわたって打ち合わせをして、ブラッシュアップしていきます。そのための予算管理などの事務的な部分は、エリマネ組織の方たちがやってくれていいます。企画とは別に、エリマネ組織と学生が月1で集まる会議もあります。
さまざまな分野の学生たちが入居中
ーー小野寺さんはどういうきっかけで入居を決めたんですか?
小野寺さん
もともとエリアマネジメントに興味があったからですね。ただエリマネに興味があって入居する学生ばかりではないですし、むしろレアケースです。
ーー特に力を入れた活動を教えてください。
小野寺さん
この2年間はリーダー業務に力を入れています。36人も住んでいるので、みんなのやる気を維持したり、足並みを揃えることに注力してきました。リーダーは自分を含めて4人いて、みんなをどう巻き込んでいくかを4人で話し合い、試行錯誤しながらやっています。最近の活動でいうと、ワテラスのOB・OG会のイベント運営を担当しました。せっかくOB・OGと集まれる場ですからより有意義にしたくて、発表資料をつくったり、ワークショップを企画したりしました。
一番頑張った活動は、隣の町会さんの子どもたち向けに企画した「こども大学」です。町会さんがワテラスの学生に声をかけてくれたところから始まって、私たちで企画を考えました。化学系専攻の子が、でんじろう先生みたいに空気砲やスライムを作ったり、美術系の分野の子が、子どもたちと一緒に手や服を汚しながらTシャツに絵の具でお絵かきしてみたり。どうしたら楽しんでくれるかを考えながら企画しました。

ーー入居している学生さんにはどんな方がいますか?
小野寺さん
まずワテラスの近くにキャンパスがある大学の学生が多いです。明治大学や医科歯科大学など、たくさんありますからね。建築やまちづくり系の子は数人程度で、美術系や、商学部、文学部の子もいますし、理系の学生もいて、専攻は本当にバラバラです。
ーーそうすると、エリアマネジメント関連の会社に就職する人が多いというわけでもなさそうですね。
小野寺さん
そうですね。不動産関連ももちろんいますが、金融やITに行く子もいて、本当に多種多様です。いろんな業界のOB・OGの方がいると、会ったことのない企業の人と話すことができておもしろいです。


神輿を担ぎに戻ってくる「第二の故郷」
ーー実際に入居してみていかがですか?イメージと違ったことや、気づいたことはありますか?
小野寺さん
町会との関わりが想像以上に多いのが意外でした。はじめはボランティア要素が強いのかなと思ってましたが、一緒に企画を立てたり、皆さんが大事にしている神田祭にワテラスの学生を歓迎してくれたりと、町会の方たちがすごく気にかけてくれています。個人名で呼び合うくらいの関係性を築けるとは思っていなかったので、いい意味でイメージと違った部分ですね。
ーーワテラススチューデントハウスが何年も続いてきた中での関係値もあるのでしょうか?
小野寺さん
そうですね。ワテラスの学生マンションが浸透していることは大きいと思います。OB・OGの人がよく「ワテラスは第二の故郷」と言っていて、お祭りの時に神輿を担ぎにくることもあります。エリマネと町会の方とワテラスの関係が長く続いているからこそ、信頼して迎え入れてくれているんだと思います。
ーー入居してよかったと思うことはありますか?
小野寺さん
いろんな分野の子たちと関われるのはすごく大きいです。自分が通っているのが理工学部のキャンパスで、どうしても会う人が限られてしまって。ワテラスで普段あまり接点がない文系の子やデザイン系の子のたちと一緒にご飯を食べたりおしゃべりしたりすると視野が広がりますし、こういう考え方もあるんだなと学びになります。卒業後も付き合っていきたいと思える友達ができたのは大きいです。
ーー入居してからの約3年間の中で、一番印象に残っているのはどんなことですか?
小野寺さん
やはり神田祭ですね。この地域にとって神田祭は特別なもので、学生のみんなや町会の方々と神輿を担いだのはすごく印象深いです。なかなかできない経験をさせてもらえて、地域に入り込めた感覚がありました。お祭りは数日にわたって開催されるので、学生同士が仲良くなるきっかけにもなりました。

長く続いてきたからこそ得られるもの
ーー取り組みがスタートしてから10年以上が経ち、人間関係や街との関係など、ワテラススチューデントハウスとして積み上げてきたものがたくさんありますね。
小野寺さん
昨年から始まった神田警察署との取り組みが実現したのは、長年活動を続けてきた結果だと思っています。神田警察署の方が私たちの活動を知って、連絡をくださったんです。リーダー4人で警察署に行って署長さんに挨拶し、今後の活動について意見交換をしました。その後、水道橋駅の高架下の壁にみんなでペイントしてつくったウォールアートは、ワテラスにとっても大きな取り組みとなりました。
あとは毎月1回、小学校の近くで小学生に挨拶したり、ドライバーに安全運転の声かけをしたりもしています。警察署の方と連携できたのも、ワテラスが約10年積み上げてきた信頼があったからこそですね。

ーー学生が街に入り込んでいく中で、自分たちが参加する意義や、貢献できていると感じることがあれば教えてください。
小野寺さん
実際に街に住んでいる学生ならではの視点をもたらすことには、意義があると思っています。ワテラスに住む学生はみんなそれぞれ専門分野が違うので、いろんな発想やアイデアが生まれるのもおもしろいところですね。それに、ここでつくられた街との濃いつながりは、ワテラスを出た後も続くんですよ。退去後も地域に愛着のあるOB・OGがいることは、地域にとってもよいことなんじゃないかなと思います。
「学生さん」ではなく、名前を呼んでもらえる関係に
ーーさまざまな活動をしている中で、街の人からはどんな反応がありましたか?
小野寺さん
お祭りやイベント後の打ち上げで褒めていただくことは多いですね。あとは名前を覚えて呼んでもらえるとすごくうれしいですし、地域に入り込めたなと感じます。2020年頃からの目標として、脱「学生さん」を掲げています。「学生さん」ではなく、個人の名前で呼ばれようということです。
ーー学生同士で話し合って目標を立てたんですか?
小野寺さん
そうですね。毎年4月に入居者オリエンテーションがあって、エリマネ組織の人たちと学生が集まって、ポイント活動についてなどの事務的な話しをしたあと、リーダーから目標を発表しています。年度初めに目標を共有して、みんなに意識してもらえたらいいなと思っています。

地域交流を目的とした学生マンションの成功の秘訣は?
ーー地域交流を目的とした学生マンションを成功させるには、どんなポイントがあると思いますか?
小野寺さん
ワテラスの場合学生が36人いるので、どうしても意識の差が生まれます。勉強が忙しくてポイントが取れていない子や、活動自体に消極的な子もいます。どんな組織でもある問題だとは思いますが、大勢いる学生たちをどうまとめるかは、重要になってきますね。
ただいろんな学生がいるのはすごく良いことだと思ってるんですよ。まちづくりや建築を学んでいる学生だけを集めたら意識は高くなるかもしれないけど、多様性は失われてしまうのでバランスが大事ですね。いろんな人がいるからこそできることもあると思います。
あとはワテラスの場合、先ほどお話ししたようにお祭りに力を入れているという地域特性があります。他の地域で学生マンションを展開するなら、地域の文脈を読み取り、それに合った仕組みを設計する必要があると思います。

学生と地域のよい関係は続いていく
小野寺さんは作成した資料や活動写真をたくさん用意し、熱心にインタビューに応えてくれました。ワテラスでの活動にやりがいを感じているのが伝わってきます。
日頃出会うことのないさまざまな分野の学生たちと交流できること、地域交流を通して「第二の故郷」と呼べるコミュニティをもてることは、学生たちにとって貴重な経験に違いありません。また地域にとっても、学生との一過性ではないよい関係が培われていることが印象的でした。
ワテラススチューデントハウスの学生たちは、今後も地域の一員として活動に取り組んでいくことでしょう。
執筆・撮影(記載ない場合): 山本佐知
編集: エリマネこ編集部